なぜパートナーはいつも「自分が正しい」と譲らないのでしょうか?
「正しくありたい」という気持ちの奥に何があるのか、相手に白旗を上げさせずに問題を切り出す方法、そしてそれが性格によるものか、二人で作り上げてしまったパターンなのかを見分けるコツを紹介します。
正しくあることが「安全」に感じられる理由
人によっては、間違いを指摘されることは些細な訂正では済みません。それは自分という人間そのものへの評価のように受け取られてしまうのです。間違いをからかわれたり、説教されたり、愛情を引っ込められたりする環境で育つと、意見が対立したときに一番安全な立場は「正しい側」にいることだと早い段階で学んでしまいます。「彼氏はいつも自分が正しいと言い張る」「妻は絶対に自分の非を認めない」といった訴えの背景には、傲慢さというより、譲歩を「立場を失うこと」と捉えてしまう反射的な反応があることが少なくありません。同じ反射は、何にでもあえて反対意見を唱える「あえて悪魔の代弁者になる」という形で現れることもあります。ひとつの立場に完全にコミットしなければ、その立場のせいで責められることもないからです。だからといってこの行動が無害になるわけではありませんし、それを受け止め続けるのはあなたの役目でもありません。ただ、これを理解すると向き合っている相手が違って見えてきます。あなたを打ち負かしたい相手と議論しているのではなく、何かを守ろうとしている相手と議論しているのです。強く押せば押すほど、その防御は弱まるどころか、かえって強くなります。
「事実として正しい」と「進め方として正しい」は別物
行き詰まった言い争いのほとんどは、実は二つの議論が一枚のコートを着ているようなものです。ひとつは事実の層——木曜日と言ったのは誰か、順番は誰の番だったか、メッセージには実際何と書かれていたか。もうひとつは態度の層——話し方、話を遮ったこと、あきれた目つき、2年前のことを持ち出してくること、です。正しさにこだわる人は事実の層で勝つと、それを話し合い全体の「無罪放免」として扱おうとします。強く言い返すより、この二つを分けて口に出すほうがたいてい話は前に進みます。「たしかに日付は私が間違えていた。でも私が話しているのは日付のことじゃない。あなたのお兄さんの前で訂正されたことなの」。この一言は、本当のことをひとつ差し出すことで相手の警戒心を和らげつつ、実際に傷ついた部分についてはきちんと自分の立場を保っています。また、この言い方は逃げ道もふさぎます。事実の点だけでは、もう話し合い全体の代わりにはならないからです。そしてもし本当に認められる点が何ひとつ見つからないなら、自分自身も「勝つために」議論していないか、確かめてみる価値があります。
自分の非を認められない相手には何と言えばいいか
正面から「とにかく自分の間違いを認めて」と迫っても、たいていうまくいきません。それはまさに相手が守ろうとしているものを、そのまま差し出せと言っているようなものだからです。効果的なのは、負けたと感じさせずに立場を動かせる言い方を用意することです。「同意してほしいわけじゃない、ただ、それがつらく響いたことを分かってほしいだけ」「お互いに少しずつ正しい部分があるんじゃない?」「代わりにどうしてほしかった?」——最後の問いは相手を「その分野の専門家」として招き入れつつ、次からお互いが使える基準にそっと合意させることになります。過去の非をいちいち数え上げるのは避けましょう。相手が間違っていた過去の一覧は、話し合いを裁判に変えてしまいます。そして言い争いそのものが「どちらが先に始めたか」「どちらが大げさか」という議論にすり替わってしまったときは、もう一度話し合うより、外部の視点を借りるほうが役に立ちます。Mendusの双方向ブリッジでは、二人がそれぞれ自分の言い分を別々に伝えると、一つの判定が両方に返されます。責任の割合、コミュニケーションと共感のスコア、そして具体的な次の一歩です。どちらか一方が内容を書き換えることはできません。
それはその人の性格なのか、それとも二人で作り上げたものなのか
これは正直に自分に問いかける価値がある問いです。答えによって、取るべき対応が変わってくるからです。誰に対してもこうだという人もいます。同僚に対しても、母親に対しても、レジの店員に対してもです。一方で、あなたに対してだけこうなる人もいて、その場合はたいてい一種のループができあがっています。一方が譲歩を求めて押し、もう一方がそれに対して意固地になり、その意固地さがさらに押す力を強めてしまう、というものです。もし自分が、相手が折れるまで何度も蒸し返してしまうタイプだと気づいたなら、それはループの半分であり、しかも自分で変えられる半分でもあります。数週間、相手に同意を求めるのをやめてみて、壁がやわらぐかどうか様子を見てみましょう。ここではっきり言っておきたい一線もあります。もし「間違っている」ことに対して罰が科される——何日も無視される、脅される、出来事の記憶を書き換えられて自分の記憶を疑うようになる、あるいは意見の対立がどう終わるか分からず怖くなる、といったことがあるなら、それはコミュニケーションの問題ではありませんし、言い方を工夫しても解決しません。それはDVに関する相談機関や、資格を持つ専門家に相談すべき領域です。
彼氏がいつも「あえて反対意見」を言ってくるのはなぜですか?
多くの場合、それは会話の中で自分を安全に保つための方法です。自分の本当の意見ではなく、あえて反対側を主張すれば、間違っていると指摘されることもなく、はっきりコミットしないまま優位に立ち続けられるからです。単純にアイデアそのものに興味があるだけ、ということもあります。大事なのは「なぜそうするのか」ではなく、「これは自分にとって理論上の話じゃない」と伝えたときに、その態度をやめられるかどうかです。
いつも自分が正しくないと気が済まないのは、ナルシシズムのサインですか?
そうした傾向の一部である場合もありますが、不安が強い人や完璧主義の人、あるいは単に間違いを罰されて育った人にもよく見られる特徴です。外側からパートナーを診断することは信頼できるやり方ではありませんし、たいてい話し合いをかえって悪化させます。ラベルを貼るより、その行動そのものと、それがあなたに与える影響のほうに目を向けましょう。
いつも自分が正しいと言い張る相手に、議論で勝つにはどうすればいいですか?
正直なところ、たいていは勝てません。そして「勝とう」とすること自体が、そのループを回し続ける原因になっています。現実的な目標は、相手に勝つことではなく、自分の言い分を理解してもらい、次に一つだけ違うやり方をしてもらうことです。これはまったく別のゴールです。本当に正しい部分は認め、変えてほしい具体的な一点を伝え、証拠の出し合いはそこでやめましょう。